あれは私の父親が亡くなって3年の月日が経った頃
なぜか無性に父に会いたくなり祖母に泣きながら
『お父さんに会いたい』
と無理な愚図りを言った。
祖母は敢えて無表情に
『仏壇にいるから拝んでおいで』
とだけ言うと背を向ける。
祖母にしたら我が子である父
子供だったとは言え
ストレート過ぎる悲哀であったろう。
それでもその日はなぜか気持ちが収まらず
亡き父に手紙を書いて残したおやつを小さな箱に入れ
自室の窓から雨樋に置く事を思い付いた。
少しでも空に近いように…
こんな返事のない文通を何度かやったある日
いつもの様に机に向かい手紙を書き始めた。
夏の日はたいがい窓を全開にしているのだが、ふと顔を上げると
向かいの家の屋根に真っ黒い何かがこちらをジーーーっと頬杖をつくような仕草で座って私を見ていた。
身動ぎ一つ出来ない。
金縛りにあっている感じとも少し違う。
ただ動けないのだ。
ただ、コワイ。コワイのだ。
動くとその真っ黒い何かが来そうでコワイ。
手に持っていた鉛筆の先を窓のサッシに引っ掛けて少しずつ窓を閉めようとした。
窓が少しずつ閉まるの合わせ
その真っ黒い何かも頬杖を着いた状態で顔だけ動かしてくる。
コワイ…コワイ…コワイ…
喉がゴクリと鳴る。
互いに目は合ったまま明らかに私だけを見ている。
完全に閉まるまで後少しと言うタイミングで
その鉛筆がサッシから外れてしまった。
と、同時に反対の手でピシャリと窓を閉め切った。
心臓が激しく鼓動して手が震えていた。
直ぐ様、机から離れ部屋のドアから窓を見るが
昔のガラスには花や桐子の様な模様がある事が多くハッキリと外が映らない仕様になっている為
まったくわからない。
階段を駆け下り祖母に抱きついた。
すると祖母が
『梅ちゃん、悲しすぎると心の隙をついて何かが取り込もうとする事がよくあると、きっとソレも寂しい者の成り果てだろうからもう忘れないといけんよ』
と、だけ言いながら私の口に塩を一握り含ませた。
あれが父親だったらと怖くなった。
漆黒の黒。目だけがギョロギョロとして真っ白なのだ。
あれは一体なんだったのだろう。
この体験以降、父に会いたくなると仏壇に手を合わせるようになったのは言うまでもない。
しかし…なぜ祖母は今起きた事が全て分かっていたのか
祖母には一体どんな能力があるのか…今はもう知るよしもない。