久家 稔 海軍少尉

多恵子殿

我が最愛の妹よ。私は今、最も大きなことをやらんとしている。それはおそらく貴女もわかっていると思う。
私はかって幾度か貴女を叱責してきた。それも貴女を愛すればこそであり、叱責が一つの愛情の表現であったと思ってくれ。
今更改めて言うことはないが、私が今までに言ってきたことは、ことごとく私の人生観の一端である。至らぬ兄の意見ではあったが、私の言ってきたことを思い出して、大和撫子(やまとなでしこ)として清く美しく生きてくれ。蓮の花は泥沼の中にありながらも、あのように清らかな花を咲かせる。
如何なる汚濁に充ちた世界にあっても信念を堅持しておれば、それらに染まらずに生きてゆけるものである。
妹よ、清純に生きて行け、心の最も美しいところで貴女を愛しつづけてきた兄の最後の言葉を忘れないでくれ。

清 殿

愛する弟よ、兄は今永遠に不滅の世界にとびこまんとしている。貴様にはもう今更語ることもない。既に貴様の知識、思想は俺を凌駕していることと信ずる。
俺の心には生もなければ死もない。ただあるのは空の一字、死生観というは生に、または死に拘泥するから起こるものである。
俺は貴様が必ず兄の後を継いでくれることを確信して征く。
弟よ、堅固なる信念を持って真摯なる学徒として、一日々々を無駄に過ごすな、これが至らぬ兄の最後の言葉だ。

回天特攻・轟隊、昭和20年6月28日マリアナ海域にて戦死。22才

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