吹野 匡 海軍少尉【特攻隊】

母上様

昭和19年12月21日 匡
私は永い間本当に御厄介ばかりおかけして参りました。色々の不幸の上に今又母上様の面倒を見る事もなしに先立つ不幸をお許し下さい。
昨秋、私が海軍航空隊の道を選んだ事は、確かに母上様の胸を痛めた事と思います。常識的に考えて、危険性の少ない道は他に幾らもありました。国への御奉公の道においては、それでも充分果たされたかもしれません。しかし、この日本の国は、数多くの私達の尽きざる悲しみと嘆きを積み重ねてこそ立派に輝かしい栄えを来たし、また今後もこれあればこそ栄えて行く国なのです。私の母上はこの悲しみに立派に堪えて、日本の国を立派に栄えさせてゆく強い母の一人である事を信じたればこそ、私は何の憂いもなしにこの光栄ある道を進み取る事が出来ました。私が、いささかなりとも国に報ゆるところのある益荒男の道を進み得たのも、一に母上のお蔭であると思います。
母上が、私をしてこの栄光ある海軍航空の道において、輝かしい死を、そして、いささかの御奉公を尽させて下さったのだと誇りをもって言う事ができます。
美しい大空の白雲を墓標として、私は満足して、今、大君と愛する日本の山河とのために死んで行きます。

皇国三千年の歴史を考うる時、小さな個人、あるいは一家のことなど問題ではありません。我々若人の力で神州の栄光を護り抜いた時、皇恩の広大は一家の幸福をも決して見逃しにはしないと確信します。
もちろん、皇恩の余沢を期待される母上ではないと信じますが。
つまらぬことを書き連ねましたが、要は、私が、心から満足して立派に死んでいったことを知って、母上から喜んでいただければよいのです。百枝や叔母上様方にもよろしくお伝え下さい。
くれぐれもお身体をたいせつに長生きされて、日本の隆々と栄ゆる御代の姿を見届けて下さい。
では、さようなら。

昭和19年12月31日

母上様

辞世
すめら皇国は 大丈夫の かなしき生命
つみかさね まけのまにまに 死にかはり
生きかはりつつ 栄ゆなり

神風特攻、旭日隊。米国重巡洋艦「ルイスヴィル」に体当たり、戦死。26才

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