拝啓
御両親様、其の後お変わり御座いませんか御伺い申し上げます。先達ての便りに母上病気との由さぞ御苦労の事と存じます。茂士皇国の干城として一生懸命働きますれば、何卒御安心下され度御願い申しあげます。弟春直も元気に奉公のことと存じます。
この手紙はなんケ月振りやら随分御無沙汰致しました。悪しからず御許し下さい。何時ぞや渡部兵曹と国東に帰りましたね、その時の思い今に忘れません。渡部も今や国家の干城として天晴れ日本男児として立派に戦死致しました。その彼を思うとき何時も涙が出て参ります。
吾等一同何処までも頑張ります故御安心下さい。帝国は今や非常の難局に当面致しております。吾等此の世に帝国海軍軍人として御奉公出来得ます事は無上の光栄と存じて居ります。不肖私は海軍に身を投じて以来御両親の子では御座いません。君に捧げし身で御座います。それは一にも二にも、承知致して下さるものと思います。
然るに今までの親不孝、御許しの程御願い致します。吾等には唯国家の二字あるのみ、必ずや日本男子の本分を完遂致す覚悟で御座います。何卒御安心の程御願い致します。母さんは体が弱い故、呉々も御体大切になされまして、後に居る弟達の養育に務められます様御願い致します。
先ずは乱筆ながら御伺いまで。
敬具
国民の安きを祈り 吾は征く
敵艦隊の 真只中に
昭和20年4月16日、沖縄南東海面にて戦死。20才。