「月夜の浜辺」中原中也
月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。 それを拾って、役立てようと 僕は思ったわけでもないが なぜだかそれを捨てるに忍(しの)びず 僕はそれを、袂たもとに入れた。 月夜の晩に […]
月夜の晩に、ボタンが一つ 波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。 それを拾って、役立てようと 僕は思ったわけでもないが なぜだかそれを捨てるに忍(しの)びず 僕はそれを、袂たもとに入れた。 月夜の晩に […]
汚れっちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れっちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる 汚れっちまった悲しみは たとえば狐の革裘(かわごろも) 汚れっちまった悲しみは 小雪のかかってちぢこまる […]
鋼のように澄みわたる大空のまん中で 月がすすり泣いている。 ………けがらわしい地球の陰影が 自分の顔にうつるとて………… それを大勢の人間から見られるとて………… …………身ぶるいして嫌がっている。 […]
幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました 幾時代かがありまして 冬は疾風(しっぷう)吹きました 幾時代かがありまして 今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り 今夜此処での一と殷盛り サーカス小 […]
おれはやっとのことで十階の床をふんで汗を拭った。 そこの天井は途方もなく高かった。全體その天井や壁が灰色の陰影だけで出來てゐるのか、つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからなかった。 (さうだ。こ […]
これは、いまから、四年まえの話である。私が伊豆の三島の知り合いのうちの二階で一夏を暮し、ロマネスクという小説を書いていたころの話である。或る夜、酔いながら自転車に乗りまちを走って、怪我をした。右足のく […]
患者は手術の麻酔から醒めて私の顔を見た。 右手に厚ぼったく繃帯が巻いてあったが、手首を切断されていることは、少しも知らない。 彼は名のあるピアニストだから、右手首がなくなったことは致命傷であった。 […]
北の海の方にすんでいたかもめは、ふとして思いたって南の方へと飛んできました。途中でにぎやかな街が下の方にあるのを見ました。そこにはおほりがあって、水がなみなみと青く、あふれるばかりでありましたから、し […]
Homme libre, toujours tu che’riras la mer. Baudelaire. 自由の人よ。君は常に海を愛せん。 ボオドレエル。 一 昨日《きのふ […]